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2011年5月20日 (金)

「奄美」の・・・余韻・・・

ツアー参加の〔県校友会福元寅典会長のコメント〕(原文のまま):
5年ぶりの奄美訪問。今回は、会社退職直後だけに心身ともにリラックスした癒しの三泊四日の旅だった。一足先の梅雨までも私たち一行をあたたかく歓待してくれた。
何回訪問しても奄美の自然の豊かさを感じる。と同時に、東日本大震災でおきたあの自然の猛威は何だっただろうかとふと脳裏をよぎる。私たちが自然の摂理を大事にしてこなかったつけかもという思いを抱く。
奄美には自然の豊かさに加え、人間の情を感じる。そこには私たちがいつの世も忘れてはいけない「結い」の精神が宿っている。                                       旅は自然と人間の豊かさがマッチしてその醍醐味を覚える。
海のいかだから鯵など24匹の魚も釣った。あたかい校友の先輩、渡社長に感謝。
すべてが「ハゲエー、アゲエー」の連続で、またいつか訪ねたい気持ちを感じさせた今回の旅だった。

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(下記画像をクリック、拡大してご覧下さい)

「れんと」 の エピソード〕 ( 西 元 ) :Img_0006
今宵も 「れんと」 を飲みながら
(*^_^*) 、奄美大島旅行を振り返り又、昨年10月30日開催の「オール立命館校友大会 2010 in 福岡」(Gハイアットホテル)での「れんと」やいろいろな出来事(貴乃花のゲスト問題や難題だった広告募集など)を思い出しているところです。
二年近く 計9回の実行委員会が開催され、県校友会は福元寅典会長と小生がしっかり?発言し、有言実行で鹿児島県校友会の存在感を示したような気がします。                                    全国大会では美味しい料理には出来るだけ九州産の食材を使うことも大会コンセプトの一つでした。実行委員会の終盤に「K校友会」と鹿児島県校友会(小生)が呼ばれ大学本部、ホテルスタッフ、プロデューサーと本番の試食会が開かれたのです。                                                 メニューにはN県、K県、O県、M県の食材、アルコールのうち焼酎は  ナ、ナントM県の2銘柄(U社、K社)が載っていたのです。
鹿児島食材と飲料はゼロ・・・(>_<)・・・。豚しゃぶが出てきたので 「この豚肉は確かに美味しい、恐らく鹿児島産では?」と。「焼酎は本来、鹿児島の芋が本家である。又、大学も県校友会も大変お世話になっている〔れんと〕を是非お願いしたい」と申し入れ。シェフが豚肉の入荷を確認したらやはり豚肉は鹿児島産で、本番メニューには目出度く「鹿児島産豚」表示。「れんと」 も快く OK となったのです。 
(^-^)                            

沖縄県の食材が使われていないので、調味料としてミネラル成分豊富な「塩」を提案。本番メニュー採用に気付いた沖縄県校友からは大変喜ばれました。                                                          (芋焼酎は同志社校友会鹿児島県支部長の芋焼酎 “黄麹” を推していたのですが・・・、本番では残念ながら 芋焼酎は “ 桜島 ”  がしっかり定位置にありました。                 ・・・・(以上、一人だけの快感エピソードでした)                                                                                                                                                 

(下記画像をクリック、拡大してご覧下さい)
昨秋の「オール立命館校友大会 2010 in 福岡」は今でも心地良い思い出で、今回の奄美大島宇検村4日間滞在は渡博文先輩のご厚意で感謝の気持ちで一杯です。

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         4日間同行しお世話下さいました渡博文社長、町田重孝先輩、会社の石井さん、お母様の手作りヨモギ餅を差し入れて下さった赤崎さん(とても美味しかったです)、琉球舞踏ご披露の盛さん、長時間の宴会でご迷惑をおかけした「やけうちの宿」のスタッフの皆様、有り難うございました。

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加計呂麻では築130年の山元邸で懐かしい田舎料理の団子や猪汁などもご馳走になり、暫しのんびりユックリ時を忘れてスローライフを過ごせました。

あらためて 渡先輩の「れんと」 と立命館大学校友会とのご縁に

mmmmmmmmmmmmm “ハナハナ” (乾杯) です。

おおおおおおおおおアリガッサマリョタ (アリガトウございました)!!   

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〔㈱奄美大島開運酒造〕:http://www.lento.co.jp/index.html 
           (れんと・うかれけんむん・紅さんご・純美酢など)
                                                                                                                      〔やけうちの宿の H P〕:
http://www.yakeuchinoyado.jp/establishment/kyuramun.htm                                    

2011年5月17日 (火)

奄美大島 滞在(宇検村) (4日目)

宇検村を拠点に過ごした奄美大島も今日までとなりました。
9時に「やけうちの宿」、「きょらむん館」を出発、3泊もお世話になったスタッフの皆さんに何とお礼を言えば良いのか分からないほどです。                                       

宇検村→大和村→大浜海岸(奄美海洋展示館)→奄美観光ホテル(通称 あまかん)昼食 →西郷隆盛謫居跡(龍郷町)→奄美パーク→田中一村記念美術館→奄美空港 ・・・  最終日 今日のコースも見ごたえタップリです。
                                                              

(下記画像をクリック、拡大してご覧下さい)
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1968(昭和43)年「明治100年」ということで、現天皇が皇太子時代に奄美を訪問され奄美観光ホテルにご宿泊されました。その時、海水浴にお出かけしたいとのご希望があったそうです。翌朝は予定外の警備や食事(おにぎりなど)の準備など物々しい雰囲気の海水浴だったそうです。渡博文先輩から、当時のピリピリとした貴重なエピソードをたくさん(外部に余り話せないことも)聞かせて頂きました。         
                                              
皇太子が海水浴をされて以来、夕日の美しい大浜海岸は奄美大島の観光スポットとして多くの人が訪れています。

今回の旅行参加者の多くも初めて㈱奄美観光ホテルの由緒ある歴史とグループの発展を合わせて知ったことと思います。


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龍郷町の西郷隆盛謫居跡は愛加那とのストーリ-がよく語られますが、激動する江戸末期の薩摩藩で又、明治の新政府で西郷が如何に必要とされたかをみる良い機会となりましょう。

4日間曇りか雨だった奄美を離れる頃には青空が見えてきました。
きっと 「又、お出でなさい」のメッセージでしょう。
奄美の皆さんお世話になりました。 

  アリガッサマリョタ  (アリガトウございました)!!  

                                                                                                                                                   
〔やけうちの宿の H P〕
http://www.yakeuchinoyado.jp/establishment/kyuramun.htm  
                                
〔㈱奄美大島開運酒造〕 http://www.lento.co.jp/index.html 
           
(れんと・うかれけんむん・紅さんご・純美酢など)

2011年5月11日 (水)

奄美大島 滞在(宇検村) (3日目)

旅行も3日目となるとそろそろ疲れが出るものです。
2日目の昨日、お年寄り?の校友は少々お疲れモードのようでした。


渡博文先輩のご配慮で3日目は焼内湾で静かに釣りです(「やけうちの宿」7:00 出発)。
穏やかな湾内は波静かな天然の良港で、真珠やクルマエビ更に最近はマグロの
養.殖が行われています。

(画像はクリックしてご覧ください。きれいなスナップ画像を見ることが出来ます)
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5年前の惨敗の釣果を忘れない面々はかなり気合が入っていました・・・ (^^♪。
釣り糸を垂らして暫くしたら、今回のツアーのお世話をして下さっている社員の I さん、
続いて女性陣から歓声が上がりだしました。
それぞれに釣れだして大漁の予感・・・(^-^)・・・
連日の夜の部  (*^_^*) (^^♪ で大暴れの “フーテンの寅さん”  こと福元寅典会長
にも引きがあり、会長はその後は入れ食い状態。本人は「釣りは腕だ!」と豪語して
いたのですが、周囲は「場所が当たったのだ」と冷ややかでした(負け惜しみですね)
でも、会長のアジ23匹は県校友会の釣果として永遠に“記憶”として残るかも (^-^) 
朝食も取らずに昼まで頑張り、釣果はアジその他で80匹余りでした。
夕食に出してもらいましたが、今夜もご馳走がいっぱいで美味いはずの獲物までは
手が出ませんでした。

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腹ペコの昼食はアルコール付きで普段は味わえない宇検のスローライフを楽しめました。
昼からは「れんと」をはじめとする工場の見学でした。渡社長・先輩がが描いた“設計図”(夢)に向かう姿勢に敬服しています。自動化の工場ですが、製造過程で大事な判断などは人間の力、クラシック音楽を聞かせたり温もりを感じる現場です。
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夜の部は琉球踊りが披露されました。奄美大島と沖縄は交流の歴史があります。
ゆったりした流れで琉球王朝の豪華な衣装です。皆さん参加の踊りもあり今夜も
大いに盛り上がったのは言うまでもありません。
今夜も “寅さん” はじめ皆さん、食べて飲んで踊って少々暴れていました。
(その後、どういう訳か?小生夫婦の結婚記念日を祝ってもらいました。                         ・・・・・ (*^_^*) ・・・・・アリガトウ (=^0^=))

奄美大島開運酒造〕:http://www.lento.co.jp/index.html 
           (れんと・うかれけんむん・紅さんご・純美酢など)

2011年5月 8日 (日)

奄美大島 滞在(宇検村) (2日目)

奄美大島 滞在(宇検村 2日目)はPCの機嫌が悪く?本日アップし直しています。
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今宵は「れんと」を飲みながら、今回の奄美大島旅行を振り返り又、昨年10月30日開催の「オール立命館校友大会2010 in 福岡」(Gハイアットホテル)での「れんと」エピソードを思い出しているところです(近いうちにアップします)。今夜はロックで楽しんでいます。

奄美大島 滞在(宇検村)の2日目はなかなか訪れる機会がない加計呂麻島に出かけました。
朝食の後、開運の郷 「やけうちの宿」 を 9時に出発し 10時過ぎに古仁屋到着。
ここからは瀬戸内町古仁屋在住で土地家屋調査士の町田重孝先輩が案内して下さることになりました。「フェリーかけろま」で約30分、瀬相に到着。ここから島内は加計呂麻バスです。

(画像はクリックしてご覧ください。きれいなスナップ画像を見ることが出来ます)

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  【諸鈍(しょどん)のデイゴ並木】5月の中旬頃赤い花を咲かせるようですが、今回は時期が少し早く残念でした。台風に備える防風林のようです。 
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加計呂麻島は太平洋戦争当時、軍の秘密基地などに利用され、戦艦大和や武蔵が停泊した要塞です。「文学の森公園」がある呑之浦(のみのうら)はかつて特攻水雷艇「震洋」の基地があり周辺安脚場には70年前の弾薬庫格納庫の建物も残っていました。
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【島尾敏雄文学の碑】:島尾は震洋特攻隊隊長として奄美諸島加計呂麻島に赴任。
特攻隊の生き残りの体験を純文学小説として「死の棘(とげ)」「出発は遂に訪れず」「震洋発進」等書き上げ戦後の文壇で数々の賞を受賞。1986年(昭和61)に鹿児島で突然死、福島県相馬郡に眠る。島尾の没後、『死の棘』は1990年に映画化(監督:小栗康平、主演:松坂慶子)、カンヌ映画祭でグランプリを受賞。今回の訪問で東日本大震災で苦難を強いられている福島県との巡り合せを感じていますImg_0110Img_0113_5Img_0118_5Img_0144。    
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ガイド役・町田先輩の 「島尾と加計呂麻島出身のミホとの熱烈な出会いはハブも恐れぬ? “ 逢い引き ”だった 」 は、若い参加者からは大受けでした(*^_^*)

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皆に好かれた【寅さん巡り】
「男はつらいよ」 の 「紅の花」(最終話 第48作目) は加計呂麻島のあちこちでロケが行われた映画で、ロケ地になったは島内の主な場所 6ヶ所にはロケ地の記念碑が設置されています。「紅の花」は、寅さんの最終話というだけでなく、渥美清の遺作でもあります。

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大島海峡を縦断の「生間〜西古見」間はジェットコースターに乗ったような大荒れでした。荒波が船底を叩き大揺れ歓声を上げて楽しむ組み、案内役のI さんをはじめ蒼白い顔でダウンの組みに分かれました。後で聞いたのですが、渡博文社長・先輩は心配して近くの港に寄港するか引き返すかの心配をされていたとのことでした。(船上、船内で楽しんでいて、スミマセン)
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西古見到着後は渡先輩の知人山元邸(築130年)で、島の団子・タイモ餅や海の幸をご馳走になりました。    先輩、本日も有難うございました!!

2011年5月 6日 (金)

奄美大島 滞在(宇検村) (1日目)

GW の 5/2〜5/5、一番多忙なシーズンに奄美大島宇検村の「やけうちの宿」
(コテージ、きょらむん館)に3泊し近辺の観光や見物をして楽しんできました。
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今回の旅行は大学の先輩である渡博文㈱奄美大島開運酒造社長のご厚意
によるもので心より感謝している次第です。
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(画像はクリックしてご覧ください。きれいなスナップ画像を見ることが出来ます)
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1日目、校友4名とファミリー  計11名はプロペラ機で10時過ぎに奄美空港着。
早速、仕立てて下さった貸切マイクロバスで奄美観光のスタート。
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あやまる岬 → ハブ見学 → 昼食は渡博文社長・先輩の奄美観光ホテル →マングローブパーク館内見学の後、1時間余りカヌー体験(住用町)→奄美大島開運酒造工場(歓迎の太鼓演奏)
カヌーの住用町は昨秋の豪雨災害で大きな被害が出て、全国から多くの善意が寄せられました。奄美、住用町は今回の東日本大震災にはいち早く義捐活動に立ち上がりました。
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夕食では渡博文社長・先輩とスタッフから熱烈歓迎で乾杯 !!、夕食は心のこもった島料理を頂きながら地元芸能人と島唄にのり全員で唄い踊り、時の経つのを忘れる程でした。
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